大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和44年(ヨ)483号 判決

申請人 大木捷代

右訴訟代理人弁護士 大矢和徳

同 原山剛三

同 佐藤典子

同 石川智太郎

同 郷成文

同 花田啓一

同 大脇雅子

同 水谷美喜子

同 熊崎みゆき

同 桑原太枝子

同 乾てい子

同 原山恵子

被申請人 名古屋放送株式会社

右代表者代表取締役 神谷正太郎

右訴訟代理人弁護士 本山亨

同 村本勝

同 四橋善美

同 那須国宏

右本山亨復代理人弁護士 近藤堯夫

主文

一、申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

二、被申請人は申請人に対し、金一〇〇万円および昭和四六年一〇月一日以降毎月二五日限り一か月金四万八、七八〇円の割合による金員を、それぞれ仮に支払え。

三、申請人のその余の申請を却下する。

四、訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被申請人は、テレビ放送等を目的とする会社であり、申請人は、昭和三七年三月二六日、被申請人に入社し従業員として勤務していたこと、被申請人は、昭和四四年四月三日、申請人が退職したとして、以来申請人の従業員としての地位を認めていないこと、被申請人の就業規則二五条は、被申請人における女子従業員の定年を三〇才とする旨の本件女子定年制を定めていること、申請人は、昭和四四年四月三日の経過をもって三〇才に達したことは、いずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右就業規則二三条二号は、従業員が定年に達したときは退職とする旨規定していることが疎明される。

二、次に、被申請人の就業規則二五条は、女子についての本件女子定年制のほか、男子については五五才をもって定年とする旨定めていることは当事者間に争いがない。

申請人は、右就業規則二五条が、女子について男子より二五年も短い定年を定めていることは、性別による差別待遇にほかならず、憲法一四条、労基法三条、四条の精神に反し、同時に女子従業員の労働権、生存権を侵害するものであるから、民法九〇条により公序良俗違反として無効であると主張し、被申請人はこれを争うので、以下この点につき判断する。

憲法一四条は、基本的人権として法のもとにおける平等を宣言し、性別を理由とする合理性のない差別待遇を禁止している。同条を受けた労基法四条もまた性別を理由とする賃金の差別を禁止し、同法三条は労働条件について国籍、信条または社会的身分を理由とする差別を禁止している。ところが、労基法は、賃金以外の労働条件については、性別を理由とする差別を禁止する規定を設けず、かえって、同法一九条、六一条ないし六八条は女子労働者を保護するため、男子労働者と異なる労働条件を定めている。従って労基法は、性別を理由に賃金以外の労働条件について差別することを直接禁止の対象としていないと考えられる。

ところで、本件のように就業規則による定年退職制は、退職に関する労働条件であることが明らかであり、本件女子定年制が男子の五五才に対し女子について三〇才と著しく低いものであり、かつ三〇才以上の女子であるということから当然に労働者としての適格性を失うとは即断できないから、もとよりそれは性別を理由とする差別待遇にほかならない。そして、性別による差別待遇が退職という労働契約終了の効果をきたすものであってみれば、労務の提供によって生活を維持している労働者の生存権、労働権をも侵害するものであるから、憲法一四条、二五条、二七条の精神にもとることは明らかである。従って他にこの差別を合理的に理由づけるにたる特段の事情がない限り著しく不合理な性別による差別待遇であり、民法九〇条による公序良俗違反として無効というべきである。

三、そこで、次に本件女子定年制についての合理的な理由の存否につき判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が疎明され、これに反する疎明資料はない。

1、被申請人は、昭和三六年九月、テレビ放送事業を営む民間放送会社として設立されたもので、昭和三七年四月、東海地区をサービスエリアとして開局し現在に至っている。被申請人の昭和四五年一一月現在における機構の大要は、本社に総務、経理、業務、制作、報道、技術の六局を置き、支社を東京および大阪に設けている。そして、本社に秘書室のほか、右六局のもとに部ないし室を、更に部によっては課ないし支局を置き、支社にも同様部ないし課を置いて、それぞれ業務を分掌している。右のうち、報道、技術、制作局関係の職場は、二四時間中放送業務を担当しているいわゆる現場部門となっている。

被申請人の従業員数は、開局当時で約二六〇名、昭和四五年一〇月一日現在は二五二名であって、ほとんど変化がなく、右従業員のうち女子従業員は二四・五パーセントを占めている。

被申請人における昭和四六年三月現在の女子従業員数は四七名であり、その所属局部課別人員および当該局部課の業務内容は、別紙(二)女子従業員の所属局部課担当業務等一覧表の被申請人主張欄記載のとおりである。

2、本件女子定年制は、被申請人の設立に伴い、昭和三七年三月中旬に制定された就業規則に規定され、現在に至っているものであるが、被申請人がこれを制定した契機ないし事由は次のとおりであった。

すなわち、(1)女子労働者は安定した労働力として期待できないこと、つまり、一般に女性は三〇才までに、結婚のため家庭に入る者が多く、長期勤続が期待できず、更に出産、育児等のため欠勤が多く非能率であること、(2)通常、女性はほとんど単純業務に従事しているが、賃金体系が年功序列のため、三〇才にもなれば賃金が高くなって高度な知識ないし技能または経験に基づき責任ある業務を担当している男性との間に、平等を欠くことになること、(3)女性は、労基法上深夜作業禁止等の種々の制約があるため、放送会社における現場部門に配置できず、その職場は必然的に限定され、かつ、民間放送会社は、昭和三七年当時、既にラジオ時代からモノクロテレビ時代に移っていて、各局間の競争が激しく、次第に放送局の自動化、制作部門の下請け等による企業の合理化が進行中であり、将来、単純業務が増えることが予測されたこと、(4)昭和三七年当時、東海テレビ、東海ラジオ、関西テレビ、仙台放送、山陽放送等の民間放送会社も、女子従業員につき二五才ないし三〇才の定年制をとっていたこと、その他大学卒女性アナウンサーは、卒業時既に二二才となっているので、二五才を定年とすることは低すぎること等が主たる事由であった。

3、被申請人は、このような本件女子定年制の制定事由に基づき、女性は結婚ないし出産までの一時的就職にすぎないとの考えのもとに、女子従業員に対しては、原則として能力のいかんを問わず、特別の研修を必要とするような困難な業務を担当させず、単純業務に従事させるために採用している。

そして、被申請人における昭和四四年以降の女子従業員の採用は、昭和四二年以降の放送局におけるモノクロテレビからカラーテレビへの移行、UH局の増設等による企業の合理化のため、従来のように社員として採用しないで、嘱託として特定業務を担当させる目的で雇用期間を一年間と定めて採用し、右契約期間を更新する形をとっており、将来は女子従業員をすべてこのような嘱託として採用する方針をもっている。このため、被申請人における昭和四六年八月現在の女子従業員は四九名であるが、そのうち社員は二五名で嘱託が二四名となっている。

4、ところで、被申請人の従業員をもって組織する組合は、昭和三八年六月六日結成されたものであるが、本件女子定年制については、昭和四二年九月二七日三〇才の定年を迎えた組合員佐藤葉子のため、当時ストをもって右反対闘争を展開し、以来強くその撤廃を要求するようになった。この結果、佐藤葉子は、右定年後も嘱託として一年の雇用期間をもって実質上従来どおり雇用を継続されたが、昭和四四年九月二七日の契約更新に際し、被申請人提示の雇用条件が不利なため、遂に同日退職するに至っている。

被申請人において本件女子定年制をめぐって労使間で特に問題となったのは、右佐藤葉子と、申請人の二例だけであった。被申請人が、昭和三六年九月に設立されてから昭和四四年四月三〇日までの間に採用した女子従業員は九〇名であり、その間の退職者数は四五名であるが、そのほとんどは円満に退職しており、その退職事由も結婚ないし出産によるものが全体の約九〇パーセントを占め、更に平均退職年令は二三・九才で、平均勤続年数は三年三か月となっている。

5、そして、厚生大臣官房統計調査部人口動態統計課の「人口動態統計」によれば、昭和四一年におけるわが国の女性の初婚平均年令は二四・五才であり、また子供の出生は妻が二五才から二九才までの間が最も多くなっている。他方、労働省婦人少年局編集の昭和四四年版「婦人労働の実情」によれば、昭和三九年から昭和四三年にかけてのわが国の女子雇用者数は増加傾向にあり、昭和四三年においては、雇用者総数のうち女子の占める比率は三二・八パーセントとなっており、右女子雇用者の平均年令は二九才、その平均勤続年数は四・三年(男子の平均勤続年数は八・六年)であって、これらも上昇傾向を示している。また昭和三九年から昭和四三年にかけ、女子雇用者のうち未婚者は減少し、逆に既婚者が増加している。

6、被申請人は、昭和三七年三月実践女子大学文家政学部英文科を卒業し、同月二六日入社後、当時の本社企画局内にあったモニター課に勤務し、同年五月中旬から同局内の考査課(その後調査課と改称)に配置され、ついで昭和四三年六月編成局進行課に配転された。

右調査課の課員は、昭和三七年当時、男女各二名であったが、その後多少の変遷を経て昭和四一年一〇月には男子一名、女子二名となり、同年一二月以降は男子主任と申請人の二名のとみなった。

申請人が調査課において担当していた業務は、主として視聴率、嗜好率の各調査、モニター関係、民間放送連盟に提出資料の作成等であった。視聴率、嗜好率調査は、放送需要予測を目的としたもので、申請人は、昭和三九年ごろまでは企画から実施までをアルバイトを使って調査していたが、その後は実施を調査会社に委託して、主として企画を担当することになり、かつ、右実施調査を基礎として被申請人に対する報告書をまとめる等の職務に従事していた。またモニター関係業務は、社外モニターの募集事務および右応募者の原稿審査による採用関係を直接担当し、かつ、モニター説明会における説明等に従事していた。更に民間放送連盟に提出資料の作成は、三か月に一回、被申請人の全放送番組を教養、娯楽等に分類し、その比率を算出する等を内容としたものであった。

次に、申請人の進行課における担当業務はスタンバイ業務であった。その大要は、まず放送時間、放送番組表等に基づき自己の担当放送番組を確認し、更にキー局から送られてきたフィルム、ビデオテープの放送素材およびコマーシャル素材によって、その放送形態、形式を確認する。そのうえで、これをプレビューしてその放送時間を計り、コマーシャルのそう入場所、形式等を決め、コマーシャル進行表および放送進行表に基づきキューシートを作成し、更にこれに基づきキューテープ原稿を作成する等の一連の作業であり、右プレビュー作業は、一つでも過誤があると放送事故に連らなる性質のものである。右進行課の課員は一三名であるが、そのうちスタンバイ業務を担当する者は女子四名、男子五名の計九名であって、男女間に右作業内容について差異がない。

(二)  以上の認定事実に基づき、本件女子定年制に合理的理由があるか否かを検討する。

1、被申請人は、一般に女子労働者は、結婚ないし出産により家庭に入るまでの短期勤続であり、男子労働者に比し労働価値が低いと主張する。

なる程、統計上わが国の女性の初婚平均年令が二四・五才で、子供を出生する年令が二五才から二九才にかけて一番多く、また、女子労働者の勤続年数が上昇傾向にあるといっても男子の二分の一にあたる四・三年であることは、さきに認定したとおりであり、また≪証拠省略≫により真正に成立したものと認められる昭和四四年五月一日付関東地区生産性労使会議調査研究部発行の「労使の焦点」に掲載の右編集部調査の結果によれば、女子労働者の意識として、結婚ないし出産まで勤務したいとする者が六一・四パーセントを占めていることが疎明され、これらの事実をあわせ考えると、女子労働者は、男子労働者に比し勤続年数が短いことが一応認められる。

しかし、このことから、直ちにすべての女子労働者が腰かけ的な短期勤続であると即断することは到底できない。

そのうえ、わが国の女子労働者は、全労働者のほぼ三分の一を占め、その平均年令が二九才に達していることは、前記認定のとおりである。そうとすれば、一般に女子労働者が短期勤続であることを前提として、長期勤続の意思ないし意欲を持った女子労働者も、一律に三〇才をもって労働契約を終了せしめるようなことは許されるべきではあるまい。

従って女子労働者が一般的に短期勤続の傾向にあるということは、本件女子定年制の合理性を理由づけるに足りるものとは認めがたい。また、前記認定の被申請人における女子従業員の退職事由、平均勤続年数ないし退職年令は、本件女子定年制のもとにおけるものでもあり、なんら右結論を左右するものではなく、かつ、被申請人と同じく他の民間放送会社において三〇才の女子定年制の定めがあることをもって、本件女子定年制の合理的理由があるといえないことはもちろんである。

そして、≪証拠省略≫をもってしても、被申請人主張のように一般的に既婚の女子労働者の労働価値が低いことを認めるにたりない。既婚女子労働者は、労基法六五条、六六条により出産、育児について休業請求権を有し、また既婚、未婚を問わず、女子労働者の同法六一条、六二条による時間外労働の制限ないし深夜労働の禁止、あるいは同法六七条の生理休暇請求権等は、その限度で労務の不提供が許されているところであるが、このような労務の不提供をとらえて、女子労働者が非能率ないし労働価値が低いということは、母体を保護し肉体的に異なる女性保護のための右規定の存在を無視するものであり、本件女子定年制の合理性を理由づけるものとは到底認められない。

なお、≪証拠省略≫によれば、両親の共かせぎ家庭における子供、いわゆるカギッ子の少年犯罪ないし非行化が、社会的問題となっていることが疎明されるが、右社会的問題につき企業が責任を負わねばならぬ筋合は何ら存しないから、企業がこれを女子若年定年制の存在理由の一つとすることは筋違いの論というべきである。

2  次に被申請人は、民間放送会社としての企業性格から、人事の停滞防止と新陳代謝を図り、後進の就職希望者にひとしく就職の機会を与える必要があると主張する。

被申請人は、放送法に基づく免許事業を営むものであるから、その法的規整を受け、さきに認定したとおり設立以来従業員数がほぼ固定しているものと考えられ、また≪証拠省略≫を総合すれば、民間放送が開局された昭和二六年以降、民間放送局の増設ないし放送技術の急速な進歩によって、一般的に民間放送会社においては、これに対応した企業の合理化が図られつつあり、女子従業員の若年定年制もその一環であることが疎明される。そして、被申請人における将来の方針として、女子従業員は、すべて雇用期間を一年とする嘱託に切替える計画を持っていることは、前記認定のとおりである。

しかしながら、右のように企業の合理化に基づき、人事の停滞防止ないし新陳代謝を図り、後進に就職の機会を与えることを理由として、女子について男子と差別した定年制を敷くことは、一方的に女子にのみ犠牲を強いるものであって、前記のように一般的傾向として女子労働者が短期勤続であることを考慮しても、到底合理的な理由ということができない。また、一定時期に退職する制度は、将来の生活設計に役立つとする被申請人の主張は、定年制一般の問題であって、本件女子定年制の合理性を理由づけるものといえないことは、いうまでもない。

3  次に被申請人は、女子従業員が担当する職務は、単純な定型的、補助的業務であるのに、賃金体系が年功序列型のため、年令と共に賃金のみが高くなり、高度な知識ないし技能または経験に基づき、責任ある業務に従事している男子従業員との間に不合理が生ずると主張する。

しかし、申請人が、被申請人において担当していた業務は前記認定のとおりであって、これをもって単純な定型的、補助的業務といえないことは明白であり、また、被申請人の主張自体からも、女性アナウンサーがこれにあたらないことは自認するところであるから、被申請人の右主張は、その前提を欠き到底採用することができない。

仮に被申請人において、女子従業員が単純な定型的、補助的業務を担当しているとしても、申請人ら女子従業員が入社時にこのような業務のみに従事する旨の労働契約を結んだと認めるに足りる疎明は何ら存しないから、さきに認定したとおり、被申請人が、女子労働者は結婚ないし出産までの一時的就職にすぎないことを前提として、その能力の有無を問わず、一律にこれを担当させている結果によるものと認める外はないが、このような労務管理はそれ自体として甚しく合理性に欠けるというべきであるから、このような労務管理を前提とする被申請人の右主張はもとより採用の限りではない。

(三)  以上のとおりであるから、本件女子定年制に関する被申請人の主張はいずれも合理的理由がなく、他にこれを認めるにたる疎明資料はない。

思うに、女子若年定年制に合理的理由ありと認められる場合とは、特定の業種または業務に必須の年令的制約が伴い、かつ非適格者に他業種または他業務への配転の可能性のない特殊の場合であろうが、本件においては被申請人の全立証によるも本件女子定年制がかかる場合にあたるとは認められない。

従って本件女子定年制は、女子従業員を男子従業員の五五才定年制と著しく不利益に差別するもので、公序良俗に反し無効といわなければならない。

四、ところで、申請人が、昭和四四年四月三日現在、被申請人より支払いを受けていた賃金は、申請人主張のとおり一か月四万八、七八〇円であったこと、その後、被申請人は従業員に対する賃金を、同年五月一日、ついで昭和四五年四月一日および昭和四六年四月一日よりそれぞれ引上げたうえ、これを支給したこと、被申請人は、現に申請人に対する賃金を支払っていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、被申請人における賃金の支払日は毎月二五日であること、また賃金の計算期間は、基準給料(基本給、業績手当、住宅手当、厚生手当等)については当月一日から末日まで、基準外給料(時間外勤務手当、通勤手当等)については、前月一日から前月末日までとなっていること、申請人は、被申請人より昭和四四年三月分までの賃金を受領していることが疎明され、これに反する疎明資料はない。

以上の事実によれば、本件女子定年制が無効であり、申請人が三〇才に達した後においても、いぜんとして被申請人の従業員としての地位を有する以上、昭和四四年四月一日以降毎月二五日に少なくとも四万八、七八〇円の賃金の支払いを受ける権利を有することが明らかであり、昭和四六年九月三〇日までの右賃金による合計額は、計算上一四六万三、四〇〇円となることも明白である。

五、次に被申請人が、申請人の従業員としての地位を否定していることは前示のとおり当事者間に争いがなく、また申請人の家族は夫勝美のほか子供が二名であること、夫勝美が被申請人の従業員として勤務していることも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、申請人は、前記のとおり被申請人から賃金の支払いを受けられなくなったので、昭和四四年四月以降は失業保険金を計二九万四、〇〇〇円余受領したほか、組合から闘争資金の名目で毎月、当初は約四万円、その後は約一万六、〇〇〇円の借金を重ねるに至り、昭和四六年九月末現在の右借金額は約七七万円となっており、組合費約八万円は滞納した侭となっていること、申請人は、目下アルバイトとして自宅で近くの子供に英語を教え、毎月約一万五、〇〇〇円の収入を得ていること、他方、申請人の夫勝美が被申請人から支払いを受けた賞与を含む賃金の一か月平均手取額は、昭和四四年が約一〇万円、昭和四五年が約一二万七、〇〇〇円、昭和四六年が約一五万三、〇〇〇円であったこと、申請人は、昭和四〇年一〇月三一日、夫勝美と結婚以来同居し生計を共にしていることが疎明され、これに反する疎明資料はない。

以上の事実によれば、申請人は、夫勝美と生計を共にし、被申請人から従業員としての地位を否定され、引続き賃金の支払いを受けられないときは、組合からの借金額、最近における諸物価の高騰等にかんがみると、申請人の右従業員としての生活が窮迫し、著しい損害をこおむるおそれがあると認めざるを得ない。

そこで、申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有することを仮に定め、賃金の仮払いについては、前記認定の申請人の借金額、生活状況および夫勝美の収入等諸般の事情を考慮すると、昭和四四年四月一日から昭和四六年九月三〇日までの分については前記賃金一四六万三、四〇〇円のうち一〇〇万円を、昭和四六年一〇月一日以降の分については、一か月四万八、七〇〇円の限度でその必要性を認めるのが相当である。

申請人主張の保全の必要性は、夫の収入を考慮すべきでないとの点は採用の限りでなく、また、申請人主張の賃金引上げ後の賃金および賞与については、被保全権利の存否を判断するまでもなく、保全の必要性に欠くというべきである。

六、よって、本件仮処分申請は、右の限度において理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないから却下し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条ただし書きを適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 植村立郎 裁判官角田清は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 松本武)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例